味噌汁の歴史って?

体に良くて美味しくて、毎日食べても飽きない日本の伝統的な料理「味噌汁」。
日本昔ばなしの絵本やアニメの中では、味噌汁のようなものが登場するシーンが多々ある。
大きな鍋に大根や菜葉などを入れ、炉端のいろりにかけてコトコトと煮込む。味噌で仕立てて、粗末な茶碗に注ぐ。それを爺さんや子供が、ずずっとすすり…。しゃくしゃくと咀嚼する。
幼少の頃、それが何とも美味そうだったことを記憶している。
味噌汁は、具材を変えれば味は無限。どんなに食べても食べ飽きない。
今や食卓に存在するもの、として定着した定番メニュー「味噌汁」だが、その起源はいつからだろうか。
味噌汁の誕生
「味噌」の歴史についてみてみると「平安時代の味噌は調味料という使われ方はしていない。おかずや薬として口にされていて、汁にしたのは足利時代以降。」というのが一般説。
しかし、初めから汁や羹で調味料として使われていたことが大宝令(701年)の頃の説明ではっきりとしている。
ただ、口にできたのは身分の高いごく一部で、庶民の口には入らないという贅沢品。寺社や貴族などの身分に応じて、容量を量って朝廷から現物支給していたのだとか。(参照:昭和48年発行 味噌汁風土記)
まるで財宝のような扱いだ。
鎌倉時代になって、ようやく味噌汁のようなものが、武家や僧侶の食卓に登場するようになった。
味噌汁のようなもの…であり、おそらく皆が知っている味噌汁ではなさそうだ。
禅寺ですり鉢を使うようになり、すった味噌が水に溶けやすかったため、溶かして味噌汁のような物を作って食していたのだとか。
室町時代には、武士の間にも味噌汁が普及する。
この時は、ご飯にみそ汁をかけて食べるのがご馳走だったそうだ。そう、お気付きの通り要は「ねこまんま」。
戦国時代になると、兵糧になり、味噌造りが推奨されるようになる。
徳川家康の元気のもとは豆味噌だった、伊達政宗が初めて味噌の工場を造ったなど、嘘か誠か、味噌にまつわる逸話も残されている。
こうしてどんどん庶民の間でも味噌が口にできるようになり、江戸時代には食卓に欠かせないものとして味噌が定着した。
風土に合わせて進化する味噌汁
そんな歴史を経て、味噌汁や田楽、味噌漬け…さまざまな料理として味噌が使われるようになる。各地でもその土地の風土や文化に合わせて、さまざまな味噌が出来上がった。
赤味噌や豆味噌、麦味噌…風土に合わせた味噌を使い、味噌汁も発展。
それに伴い、具材も定番なものから、各地で採れる野菜や魚を使ったものなど、土地の味噌に合った味噌汁が誕生していった。
我が家のいつもの具材から、オカンのエキセントリックなアレンジものまで千差万別。
日本の食卓に欠かせない「味噌汁」は、なくなることなく様々な具材と進化し、退化し、調和し、たまに斜めに吹っ飛んで、回転しながら…進んで行くだろう。
